恐れていた事故

「しまった!」と思った時にはもう息子が床の上でうつ伏せになって倒れていた。

一瞬、時間が止まったように感じた。

今までにも床の上に転倒したことはあるがほとんど仰向け。

「頭であってくれ」、と念じつつ息子を抱き起すと願いに反して頭ではなかった。

口から血を出している。

頭ならヘッドギアを着けているのでまだ安心なのだが、少し出っ歯の口の方なら目も当てられない。

ところで以前から息子を支援してくれている人や会議でほぼ毎回、いつも口から出てしまう言葉がある。

「今一番心配なのは事故なんです」

ヒヤリハットという言葉があるが、確か300回「ひやり」としたり「ハッ」としたことがあると確率的に大事故が1回は起こる、という現実がある。

私は以前、製造業で働いていたのでこのあたりは肌感覚で理解している。

息子にあてはめてみた場合、今までかなり「ひやり」や「ハッ」としたことが多くあるが、運がいいのか不思議にいつも大事に至らない。

このことが逆に、いわゆる「大事故」に一歩一歩近づいている感が拭えず、ことあるたびにこの心配事を無意識に話している自分に気が付くことが多くなっていた。

今回の発端は息子のトイレへのこだわり。

朝食の前にかれこれ30分以上、残尿感があるのかトイレに立ったり座ったりを繰り返し、食卓に着いたと思ったら一口食べる前にまたトイレに行ってその繰り返し。

彼に付き合うことが取りあえずの前提だが、さすがに今回のような長時間は初めてなので、ついスマホでYouTube動画を見てしまったことも悪かったのかもしれない。

いきなりトイレで自傷行為が始まり、それを押さえようとすったもんだしているうちにトイレの外の板張りのフロアに息子が顔からダイビングした形になってしまった。

一瞬、何が起こったのかわからなかったが、それが自分が「油断した」ことによるものだと感じるまではそう時間がかからなかった。

「しまった」

「時間が戻ってくれたら…」

といくら考えても、当然後の祭りである。

こだわりが短時間であれば妻を呼び2人で対応するのだが、いつ終わることも予想できない中、加えて普段は2Fのトイレを使うのにこの時は1Fのトイレで、2Fと1Fでトイレの空間が違うこともトラブルの要因になってしまった。

息子の顔を上げた瞬間、前歯2本が30度ほど内側に入っているのが確認できた。

すぐに血があふれ出してくるので、妻を呼んでティッシュで血を拭き取りながらとっさに2本の歯を定位置まで戻してしまった。

その時、指に嫌な感触があった。

「ピチ」

歯はとりあえず元の位置に戻ったが、その時の音が何を意味するのかが分からない。

何かのドラマである俳優が「動かしたらダメ!」と言っていたシーンを思い出す。

もちろん歯ではないのだが、ド素人の恐怖心はとどまるところを知らないようだ。

ところでかなりぐらついている歯はその2本を含めた計3本だった。

とにかく血だらけで暴れ泣き叫ぶしかできない息子を仰向けにキープしながら、次の一手を焦る頭で考える。

かかりつけの障害児・者専門の歯科医はここから高速で約2時間。

しかも運転は自分しかできず、妻は身障者で暴れる息子を後ろの席で押さえられる確信が得られない。

「救急車を呼ぼうか」と妻と話しながら「とりあえずはかかりつけの歯科医に電話をしてみよう」、ということになった。

怪我をしたのが9時前だったが、幸い13時からなら主治医が見てくれるとのこと。

普段はなかなか空きのない主治医ゆえ、運の良さも感じその先生のもとに足を運ぶことに決めた。

出発時間の11時までの約1時間、山となった血だらけのティッシュを尻目に念のための入院準備をし息子をなだめながら出発。

怪我をしたのが朝食前だったことも相まって、腹がすいているのかかなり暴れ方が激しい。

もちろん前歯の痛みなのかもしれないが、前歯3本がぐらついている状態では普通に食べさせることが出来ないので、途中にあるローソンでパンを買い車内でちぎって口に入れることを繰り替えす。

それでも暴れて家内に他害してくるので、高速を走る間中、後ろから頻繁に悲鳴や怒鳴り声が聞こえる辛いドライブになってしまった。

まあ息子はよく車内で暴れるのである意味慣れていたのだが、口から血を出し続けている、また荒れ方が今回予想できないので、やはりいつもより注意深く運転することになった。

何より事故を起こさないよう祈りつつ、なんとかかかりつけの歯科医に到着。

幸いにも歯科医では、息子はある程度おとなしくしてくれた。

レントゲンを撮ったところ歯は折れていないとのこと。

今回、歯が内側に折れたような状態になっていたのは、歯茎はほぼ骨であり、そこに刺さっていた歯が衝撃により根元から外れた形で内側に倒れていたということがわかった。

この場合、元に戻すのが正解だそうで取りあえずは自分の処置が最適だったらしい。

不幸中の幸いとはこのことである。

長くても2週間ほどしのげば歯はまた固定するとのこと。

運が良かったのか何かに守られていたのかはわからないが、とにかく時間を巻き戻すことができた感がして本当に良かったと心から思った。

なぜならもし3本の歯がダメだった場合、この子のケースでは前歯が欠損した形にするしかないようで、今後の彼の人生を考えると本当に良かったと心底思う。

今回の怪我は幸い大事には至らなかったが、ひとえに自分の不注意だったことに変わりはない。

これを教訓に、今後は息子をよりしっかり支えていこうと心に誓った次第である。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT US
世木
家族の介護で早期リタイヤを余儀なくされた田舎暮らし50代です。こちらでは日々の暮らしで感じたことや、不動産投資家になるための勉強等についてつづっていきたいと思います。